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      <title>波動と脳力開発の活用で、生命力を活性し、美容・健康,体質改善と生きがいを創造する実践・研修・交流・の場「イキイキライフサロン」</title>
      <link>http://www.a-mc.jp/</link>
      <description>TOPページの更新が可能です。</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2011</copyright>
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            <item>
         <title>関連サイト</title>
         <description><![CDATA[
<table width="100%" cellspacing="2" cellpadding="2" >
<tbody><tr><td>サトルエネルギー学会<br />
</td><td>&nbsp;<a href="http://www.subtle-eng.com/">http://www.subtle-eng.com/</a></td></tr><tr><td>情勢判断学会<br />
</td><td>&nbsp;<a href="http://www.jouhan.com/">http://www.jouhan.com/</a></td></tr><tr><td>国際生命情報科学会<br />
</td><td>&nbsp;<a href="http://wwwsoc.nii.ac.jp/islis/sjis/islis.htm">http://wwwsoc.nii.ac.jp/islis/sjis/islis.htm</a></td></tr></tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://www.a-mc.jp/2011/04/post_39.php</link>
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         <category>リンク集</category>
         <pubDate>Mon, 11 Apr 2011 19:47:20 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>姉妹サイト</title>
         <description><![CDATA[
<table cellspacing="2" cellpadding="2" width="100%">
<tbody><tr><td>イキイキライフグループ<br />
</td><td>&nbsp;<a href="http://www.iki2life.com/">http://www.iki2life.com/</a></td></tr><tr><td>生命活性の機器と研究会<br />
</td><td>&nbsp;<a href="http://www.a-mc.co.jp/">http://www.a-mc.co.jp/</a></td></tr><tr><td>生命力・活性協会<br />
</td><td>&nbsp;<a href="http://www.seimeiryoku.com/">http://www.seimeiryoku.com/</a></td></tr><tr><td>波動療法で体質改善.com<br />
</td><td>&nbsp;<a href="http://www.hado-kaizen.com/">http://www.hado-kaizen.com/</a></td></tr><tr><td>いきいきワールド<br />
</td><td>&nbsp;<a href="http://www.iki2world.jp/">http://www.iki2world.jp/</a></td></tr></tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://www.a-mc.jp/2011/04/post_40.php</link>
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         <category>リンク集</category>
         <pubDate>Mon, 11 Apr 2011 19:09:43 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>戦略選択</title>
         <description><![CDATA[
<table class="graph">
<tbody><tr><th>&nbsp;</th><th>楽しみの人生</th><th>嘆きの人生</th></tr></tbody><tbody><tr><th rowspan="3">精<br />
神<br />
的<br />
姿<br />
勢</th><td>自分で主体的にやる姿勢 (主体性)</td><td>人頼りの姿勢<br />
(グチ、不平、不満、他人やまわりのせいにする)</td></tr><tr><td>&nbsp;いつも進歩発展を目指す姿勢 (進歩性)</td><td>&nbsp;現状に甘んずる姿勢<br />
(難しい、困った、できない)</td></tr><tr><td>他人の利益もはかる姿勢 (協調性)</td><td>自分だけよしの姿勢<br />
(憎む、バカにする、尊敬・尊重しない、思いやらない)<br />
</td></tr></tbody><tbody><tr><th rowspan="5">思<br />
考<br />
方<br />
法</th><td>中心骨組みで考える習慣 (簡略思考)</td><td>中心・骨組み不明確、混迷、混乱した習慣</td></tr><tr><td>両面・主流で考える習慣 (対比思考)</td><td>片面・一面しか考えない習慣</td></tr><tr><td>立場・観点を整理し、多角度から考える習慣 (多角度思考)</td><td>立場・観点を無視し一方的角度しか考えない習慣</td></tr><tr><td>確定的要素から出発して考える習慣 (客観思考)</td><td>確定的でない要素に振り廻される習慣</td></tr><tr><td>行動のつながりで具体的に考える習慣 (具体思考)</td><td>概念のつながりだけで抽象的に考える習慣</td></tr></tbody><tbody><tr><th rowspan="3">実<br />
際<br />
知<br />
識</th><td>知った知識はすぐ使う習慣 (連係知識)</td><td>ペーパー・活字知識のまま孤立させた習慣</td></tr><tr><td>たくさんの物事に首を突っ込む習慣 (情報収集)</td><td>余計なことに関心を持つまいとする習慣</td></tr><tr><td>たくさんの人と付き合う習慣 (人的ネットワーク)</td><td>交際範囲を広げまいとする習慣</td></tr></tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://www.a-mc.jp/2011/04/post_38.php</link>
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         <category>020)脳力開発の指針</category>
         <pubDate>Mon, 11 Apr 2011 18:16:16 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>変革のための指針</title>
         <description><![CDATA[
<h4>真のリーダーの心得</h4>
<ol>
<li>悪条件の中で建設を推進できるものが真のリーダーである。<br />
――不足の条件を整備していく&ldquo;もと&rdquo;を作ることこそ変革の中心――</li>
<li>変革とは、それを具体的に不動の決心・覚悟として確立しないと始まらない。<br />
――変革はまず一人から始まる――</li>
<li>同志と協力者を一人ずつ増やしていくことが変革の過程である。<br />
――点から面へ、そして主流に――</li>
<li>変革という本質的変化には時間がかかるのである。<br />
――自滅するな、そしてやめるな――</li>
<li>着実にたんねんに、一歩ずつ歩め、一口ずつ食べよ。<br />
――すぐできるところから、すぐにやるべし――</li>
<li>他人や周囲は、言うことを聞いてくれないものである。<br />
――物事は思い通りにならない方が通常――</li>
<li>与えてもらうのを待っているばかりでは流されるだけである。<br />
――だれがやるのか？　自分は何をするのか？――</li>
<li>まず自分が変われ、更に一歩変われ。<br />
――それが変革の原動力――</li>
<li>レベルの高い方が苦労するのは宿命である。<br />
――真のリーダーにとって、困難と苦労が生じなければそれは異常――</li>
<li>嘆きの人生か、楽しみの人生か、自分の意志でどちらにもできる。<br />
――何が真の損得なのか？　かけがえのない人生にとって――</li>
</ol>
]]></description>
         <link>http://www.a-mc.jp/2011/04/post_37.php</link>
         <guid>http://www.a-mc.jp/2011/04/post_37.php</guid>
         <category>020)脳力開発の指針</category>
         <pubDate>Mon, 11 Apr 2011 18:10:56 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>波動脳力を活性化しよう</title>
         <description><![CDATA[
<p>
命に限りのある人間の幸せとは何か。これは恐らく人類がこの世に誕生して以来、永遠のテーマではないでしょうか。地球上の生命は種として集団で生命を伝えてきていますが､人類も集団でその生を繁栄させて、それぞれの時代に独自の文明を創り出し､文化を生み出してきたのです。そして、集団と個人との関係は集団の置かれている時代環境に応じて変化してきたのです。２０世紀は戦争の時代ともいわれていますが､近代科学の発展を背景に､民族間あるいは国家間でより物質的な豊かさを求めて激しい抗争があった時代です。この時代には多くの場合個人は国家の統制の下に閉じ込められていたのです。今や、このような争いの延長上には人類の滅亡が来るとのことで自制が求められています。それでは、これからの新しい時代はどうなるのでしょうか。
</p>
<br />
<p>
国際化といわれて久しいですが､共産圏の壁が壊されて本格的な国際化が進展してきていると思います。情報化時代への突入とも言われていますが､情報化とはどのようなことなのでしょうか。明らかなことは､集団と個人の関係が変わることです。今までは､国家や組織が管理・統制していた多くの情報がその気になれば､誰でも入手することも可能になるのです。集団や組織の壁は低くなる代わりに､情報の活用の仕方によっては個人の立場は強くなるでしょう。一方で個人の責任は重くなり､個人の自立が要求されてくるでしょう。
</p>
<br />
<p>
個人が欲しい情報が何でも手に入る､何か幸せになれそうな気がします。本当にそうだろうか。情報は物と違ってスペースを取らない。際限もなく欲望が広がっていく。情報はその人の心や意識に直結しています。その人が情報をうまく扱いこなせるのか､逆に情報に翻弄されてしまうのか､大きな違いであります。最近の青少年の犯罪は、広い意味での情報への対応方法の知恵を教えられないまま､情報に翻弄されている子供たちの叫びを聞くようで悲しい。情報時代には知識（情報）は必要以上に氾濫しているのです。有り余る知識（情報）を選択する知恵が要求されるのです。
</p>
<br />
<p>
一般的に情報といわれているものは､紙に書かれていたり､音で聞いたり､画像を目で見たりしているもので近代科学でも確認されているものですが､人間は顕在意識を通して受け入れています。一方「気」のようないわゆる波動と称されているものは多くの場合顕在意識を通さず､直接潜在意識に取り込まれています。このような波動は広い意味で情報の一種といえます。
</p>
<br />
<p>
人間が情報を処理するのは脳を中心とした神経系であります。書かれた文章をコンピューターに格納するのとは違います。書かれた文章は誰が見ても客観的､普遍的なものと確認は可能です。しかし､人間が情報を取り込み記憶するにはコンピューターのように無批判に格納するわけではありません。その人なりの､価値観､利害あるいは過去の記憶等を総動員させて､その情報を判断し､必要と思われるものを記憶するのです。従い､客観的な事実といわれる情報であっても､その情報は人によって受け止め方が違って当然なのです。ある1つの情報がある人には楽しいものであるのに別な人には悲しいものになることもあるのです。そしてこのような情報に対する判断はもちろん顕在意識が関与するのですが､その顕在意識を背後でコントロールしているのが潜在意識であり､更に波動のように顕在意識が関与せずに直接潜在意識に影響を与えることもあるのです。このような潜在意識まで含めた情報を処理する能力は脳の中では間脳を主にした働きであり､神経系では錐体外路系の自律的な働きと考えています。
</p>
<br />
<p>
このような潜在的な情報を処理する能力を、私は「波動脳力」といいます。<br />
それでは、「<strong>波動脳力</strong>」とはどんな能力なのでしょうか。
</p>
<br />
<p>
まずは生命体として<strong>自然に備わっている機能に気づき､その能力が発揮できるようにすること</strong>です。
</p>
<br />
<p>
私達の命は孤独な存在では有りません。人間として集団をなしているし､生活の環境の中に生かされているのです。更には地球という宇宙の中でも非常に特殊な環境に生かされているのです。
</p>
<br />
<p>
私達はそれぞれが顕在意識でどのような考えを持とうと､<strong>無意識のうちに例えば気のようなもので、お互いの間あるいは自然環境と交流</strong>をしています。このような外界あるいは環境との交流の「<strong>感受力</strong>」を高めることです。
</p>
<br />
<p>
この「<strong>感受力</strong>」を高めるためには、まずアンテナがしっかりしていなければなりません。生命体は外部の情報、特に微弱な情報ならば尚更のこと、自分が意識するしないに関わらず､自分が必要とする情報を受け取ろうとします。従い精神面からいえば、情報が氾濫し価値観が多様化してきた時代において､自らの意識を確固としたものに確立することです。私達にとって<strong>最も好ましい行動を訓練で繰り返すことにより習慣化し､その機能を潜在意識に取り込み</strong>､「<strong>直観力</strong>」（第六感）としての「<strong>反応力</strong>」を高めることです。
</p>
<br />
<p>
健康に関していえば､「<strong>自然治癒力</strong>」であります。私達の身体にはすばらしい力が備わっているのです。出来る限り薬や医者に頼らないですむように活性化させるのです。
</p>
<br />
<p>
日本の社会はこれから更に高齢化が進み､老人の医療費や年金の負担が若者たちに重くのしかかるといわれています。自らの治癒力を発揮させることよりも､安易に薬や医者に依存させてきた医療体制のあり方、老人になったら年金をやるからおとなしく引退しなさいという年金体制のあり方など現在の仕組みに問題があります。老人が増えてくるなら､老人が若者たちの足を引っ張るのではなくサポートしてあげ､老人が社会の一翼を担い活性化に一役脱ぐような活力が必要であります。そのためには、「波動脳力」に気づき､これを高めることにより､自らの心身を精一杯活用していただきたい。
</p>
]]></description>
         <link>http://www.a-mc.jp/2011/04/post_36.php</link>
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         <category>010)波動脳力を活性化しよう</category>
         <pubDate>Mon, 11 Apr 2011 18:07:41 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>新しい時代の息吹と波動脳力開発</title>
         <description><![CDATA[
<p>
情報化の進展により私たちの生活環境は急速に変わってきています。特にＩＴの普及により、人々のコミュニケーションの時間的な距離が縮まり、国際化の進展も伴い、価値観が多様化し、生活が便利になる一方で、多くのひずみが発生しています。時に氾濫する情報のなかに埋没してしまい、自己の存在を見失う現象も現れております。
</p>
<p>
このような環境の中で求められてくるのは、各人の自立と自己責任であり、社会を維持していくための倫理観であります。貴方を取り巻く環境の中で、自分と環境との関わり方を整理し、環境の変化にどのように対応するのが良いのか、これを学び、実践するのが<strong>城野宏</strong>先生が提唱した<strong>「情勢判断学」</strong>と<strong>「脳力開発」</strong>です。これに、古川彰久が実践してきた「波動」を加味したのが波動脳力開発です。<br />
</p>
<p>
&ldquo;嘆きの人生&rdquo;を捨て、<strong>&ldquo;楽しみの人生&rdquo;</strong>を創ることを目的に、&ldquo;いのちの活性化&rdquo;を目指して<strong>、「情勢判断学」「脳力開発」</strong>を学習・活用し、人生の荒波を乗り切るうえで必要な思考力・決断力を鍛錬し、<strong>２１世紀の情報化・国際化時代に対応する行動力を身に付け、</strong>職場に・家庭に・学校において&ldquo;自己実現と素晴しい人生&rdquo;を実践しましょう。&nbsp;
</p>
]]></description>
         <link>http://www.a-mc.jp/2011/04/post_35.php</link>
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         <category>波動脳力開発</category>
         <pubDate>Mon, 04 Apr 2011 17:04:03 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>波動と脳力開発で生命力活性コミュニティとは？</title>
         <description><![CDATA[
<p>
波動と脳力開発で生命力活性コミュニティとは、波動や脳力開発、生命力活性をテーマにした、日記、写真などをお友達や知り合いの方などと共有したりコミュニケーションしたりする「ソーシャル・ネットワーキング・サービス (SNS)」です。<br />
</p>
<p>
ここでは、 波動や脳力開発についての議論や、波動機器、波動グッズの便利な使い方や活用方法、利用してみての感想などを書き込んだり相談したり、情報交換、情報共有したりと、同じ悩みを持つ人たちが活発なコミュニケーションをとっています。
</p>
]]></description>
         <link>http://www.a-mc.jp/2011/03/post_33.php</link>
         <guid>http://www.a-mc.jp/2011/03/post_33.php</guid>
         <category>コミュニティについて</category>
         <pubDate>Wed, 30 Mar 2011 22:37:19 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>波動と脳力開発で生命力活性コミュニティに入るには？</title>
         <description><![CDATA[
<p>
波動と脳力開発で生命力活性コミュニティは、完全紹介制のSNSです。ご入会頂くには、会員の方からのご紹介、または、お問い合わせフォームから、「SNS入会申請」と明記のうえ、管理人からの招待が必要となります。
</p>
<p>
ご入会ないしはSNS入会申請にあたっては、下記にあります、ご注意、ご利用規約を一読のうえ、その内容にご納得のうえ、申し込み、ご入会ください。<br />
</p>
]]></description>
         <link>http://www.a-mc.jp/2011/03/post_32.php</link>
         <guid>http://www.a-mc.jp/2011/03/post_32.php</guid>
         <category>ご入会案内</category>
         <pubDate>Wed, 30 Mar 2011 22:35:10 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>波動と脳力開発で生命力活性コミュニティについて</title>
         <description><![CDATA[
<p>
ここでは、波動と脳力開発で生命力活性コニュニティに参加しての、ご感想や、コミュニティ内でいま話題の議論などをご紹介していきます。コミュニティご入会や入会申請をするにあたっての、参考としてください。
</p>
<p>
たとえば、いまはこんなSNS内では、こんなコミュニティが立ち上がっており、活発な意見や相談がかわされています。
</p>
<p>
&nbsp;
</p>
<ul>
<li>生命力活性</li>
<li>波動活用</li>
<li>生活習慣改善</li>
<li>脳力開発<br />
</li>
</ul>
]]></description>
         <link>http://www.a-mc.jp/2011/03/post_34.php</link>
         <guid>http://www.a-mc.jp/2011/03/post_34.php</guid>
         <category>コミュニティについて</category>
         <pubDate>Tue, 29 Mar 2011 22:58:49 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>&quot;いのち&quot;の観察と科学（生命力と波動性）</title>
         <description><![CDATA[いのちを観察していくと、いのちを具現化している肉体の背後に目には見えないが生命力ともいえる膨大な微弱エネルギーが存在している。これらのエネルギーは、現在の物質の科学では解明できず、量子論における２元性の1つである波動性の観点から説明される。<br />
<br />
私たち生命体は、意識するかどうかに関わらず、この生命エネルギーに支えられている。また、移り行く環境の中で生命活動を継続していくために、無意識下で環境から与えられるいろいろなエネルギーを受け止め、自らの生命エネルギーを働かせている。<br />
<br />
このような生命エネルギーを観測したり、活性化するのに波動機器が活用されている。<br />
]]></description>
         <link>http://www.a-mc.jp/2011/03/post_30.php</link>
         <guid>http://www.a-mc.jp/2011/03/post_30.php</guid>
         <category>010)いのちの観察と生命エネルギー</category>
         <pubDate>Tue, 08 Mar 2011 17:42:54 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>量子論の波動性と生命エネルギーの観察</title>
         <description><![CDATA[気の様な目に見えない生命エネルギーの現象を、これまでの物質科学の拠り所としている客観性で解明することには無理がある。<br />
<br />
物質をどんどん細かくしていくと、その構成要素である電子や素粒子は極微の粒子（粒子性）であると同時に波のエネルギー（波動性）を持っていることが解かってきた。今まで未解明の人間の意識や精神に関わるエネルギーを表現するのに、この波のエネルギーと関連があるのではないかと、波動という言葉が使われてきた。<br />
<br />
量子論における素粒子の波動性が関わる領域と理解すれば、このような生命エネルギー現象を&ldquo;いのち&rdquo;が関与する広い意味での情報活動と位置付けることが出来る。<br />
]]></description>
         <link>http://www.a-mc.jp/2011/03/post_29.php</link>
         <guid>http://www.a-mc.jp/2011/03/post_29.php</guid>
         <category>010)いのちの観察と生命エネルギー</category>
         <pubDate>Tue, 08 Mar 2011 17:42:13 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>“いのち”の働きと情報活動</title>
         <description><![CDATA[
<h4>観測と２元性について</h4>
<p>
近代科学は物質中心の科学であり、客観性・再現性を前提としている。今、あなたが机の上にりんごを置いたとする。そのりんごのあるところには、りんごをどかさない限り他のものは存在しない。誰でもが何時でもそこにりんごがあると確認できる。これが客観性・再現性の論理なのだ。すなわち、ある１点に１つの物質が存在するということは、同じ１点に<u><strong>同時に他の物質が存在しない</strong></u>ということだ。
</p>
<p>
それでは情報についても同じことがいえるだろうか。近代科学の産物としての情報化であるから、現在の情報化は当然客観性や再現性が前提となっている。確かに、テレビには指定したチャンネルの画像が映り、携帯電話には音声が流れる。しかし、テレビで１チャンネルの映像が映ったからといって、その同じ空間に１チャンネルの情報以外のものがないとはいえない。チャンネルを回せば、同じ空間で3チャンネルでも10チャンネルでも映るのだ。また、テレビで携帯電話の音声が取れないからといって、同じ空間に携帯電話の情報がないということにはならない。さらに、今の科学では未解明の気のような情報も存在している。
</p>
<p>
情報に関しては、ある１点に<u><strong>無限の情報が共存</strong></u>している。情報が確認できるのは、受け手が共鳴することによる。<u><strong>受け手が共鳴</strong></u>しなければ存在を認識できない。従い、情報については有るか無いかではなく<u><strong>感受できる</strong></u>かどうかが問題となる。感受できれば存在が確認できるが、感受できなければ存在が確認できない。情報の世界は、物質の世界が前提とする客観性や再現性とは異なる領域なのだ。
</p>
<p>
&nbsp;
</p>
<h4>&ldquo;いのち&rdquo;の３面と生命活動の観察<br />
</h4>
<p>
生命力とはいったい如何なるものだろうか。私たちの生命活動を観察してみよう。
</p>
<p>
まずは私たちの身体の中で働いている生命活動を見てみよう。確かに私たちは外部から食べ物という物質を取り入れ、この肉体を維持している。この消化吸収という作業において、ただ単に食べた物が粘土細工のように身体に付くのではなく、自分にとって必要なものを身体の中に取り入れるために、身体の中のあらゆる器官が連携作業を行っている。消化作業により、身体が吸収できる程度にまで分解される。そのうえで、身体にとって必要なものと必要でないものとが選り分けられ、必要なものが吸収されて、必要でないものは排泄される。ところで、私たちの身体で吸収する機能は腸である。必要な部分が吸収されるといったが、必要だとか必要でないとかいうのを腸が勝手に決めるのだろうか。身体全体の要求を考慮しないで腸が勝手に必要かどうかを判断して吸収したならば、身体全体が必要とするものが吸収されないで、必要でないものが取り込まれる恐れもある。腸が身体全体の要求を理解し、身体が必要とするものを吸収し、必要としないものは排泄することが望ましいのは明らかである。このためには、腸に身体が必要としているものを伝え、腸がそれに応えねばならない。ここに身体の中の機能の役割分担と機能間の連携作業の重要性がある。この連携作業を司るのが脳を中心とした神経系であり、これはまさしく身体内部の情報活動をしているのである。消化吸収作業に限らず、私たちの肉体という物質を維持していくためのあらゆる活動は、ただ単に物質を集め、配給しているのではなく、生命を維持するという目的を実現するために、身体のそれぞれの部分が役割を分担し協力し合うという情報活動をしているのだ。<br />
</p>
<p>
次に、私たち生命体は、私たちを取り囲む環境とどのような関わりを持っているのだろうか。私たち自身は、それぞれが独立した生命体として独自の活動をしているが、それぞれが単独で存在しているのではなく、集団としてあるいは人類という種として、この地球という環境のなかで生命が生まれてから参拾数億年といわれる歴史の１コマとしての生命活動を営んでいる。私たち個人は、所属するいろいろな社会環境の中で、よりよい生活を求めて、お互いに言葉を駆使したりして、コミュニケーションを図っている。また、個人にしろ、社会にしろ、私たちの生存はこの地球という自然環境によって支えられている。この自然環境は常に一定というわけでなく、季節のような周期的なものもあれば、地震のような突然起こるものもある。いずれにせよ、さまざまな自然環境の変化にも適応していかねばならないし、適応してきたから現在がある。このように私たちは、社会環境の中でコミュニケーションを図り、自然環境に適応してきているのだが、この活動を支えているのが五感(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)である。五感とはまさしく私たち生命体が情報活動をしているということである。更に六感ともいわれる感受性や、気のような情報交流もある。<br />
</p>
<p>
以上述べてきたように、私たちの生命活動とは、内においても、外に対しても情報活動をしているのである。この情報活動は、顕在意識で認識されているものはほんの一部であり、顕在意識では認識されずに、潜在意識で受け止められ、いわゆる無意識のうちに処理される領域のものの方が圧倒的に多い。特に私たちの体の内部で行われている情報活動は意識にあがる時はむしろ異常の時であり、通常は殆ど意識せずに多くの活動がなされている。<br />
</p>
<p>
このように生命体の機能は情報活動だとするならば、情報活動の効率性や優劣が生命体としての機能発揮に重大な影響を与えることになる。生命体としての生命力や精神力とは、生命としての力あるいはエネルギーをより良く発揮させることであろうから、生命体としての情報活動が活発でかつ効率性が良い状態が望ましいということになる。<br />
&nbsp;
</p>
]]></description>
         <link>http://www.a-mc.jp/2011/03/post_28.php</link>
         <guid>http://www.a-mc.jp/2011/03/post_28.php</guid>
         <category>010)いのちの観察と生命エネルギー</category>
         <pubDate>Tue, 08 Mar 2011 17:36:28 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>感受性と自然治癒力</title>
         <description><![CDATA[
<p>
私たちは同じ場所に同じように立ち、同じ風景を見ていたとしても、見ているものが全く同じという保証はない。何故ならば、私たちが見るということは対象物の映像を情報として目から受け入れ、それをあらためて脳が映像として投影しているからだ。同じ山や森を見ても、ある人はそこに憩いの場を求める人もいれば、山登りをして山を征服したいと思う人もいるだろうし、別の人は山の材木の価値を計算するかもしれない。このように同じものを見ていても、その人の感受性によって見ている内容は異なっているのだ。このような感受性とはいかなるもので、どのように形成されるのだろうか。
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私たちが生きて活動をしていくということは、自らの欲求を満たすべく、常に外に向かって何らかの行動を選択していることなのだ。生きていくということ自体が生命の要求であり、私たちの身体には本能的な身体を維持する機能が備わっている、恒常性維持機能とか自然治癒力とかいわれる働きだ。そして、自らの環境の中でより良く生きていくためには、外の状況を情報として適切に受け止め、どのような選択が望ましいかを判断しなければならない。この身体の中の<u><strong>自然治癒力</strong></u>と外界の情報を適切に感受する<u><strong>感受性</strong></u>とが協力し合って、よりよい行動が選択できる。その行動選択の背後にあるものは、<u><strong>生命体としての価値観＝主観</strong></u>であり、潜在的あるいは本能的なものを含め生命体の行動の原点である。
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近年、情報化時代に突入したといわれるが、私たちの生命活動が貪欲に情報を求めてきた結果ともいえる。氾濫する情報を私たちはどのように処理していくのだろうか。本人が意識するか、しないかに拘わらず、本人の生命体としての価値観こそが、情報を選択し、生命活動をコントロールしているのだ。ところが、私たちの社会は、物質中心の近代科学によって<u><strong>客観性を追及し物質的豊かさを求めるあまり、主観的な心や精神の問題をないがしろにし、主体性を見失い精神的に自立できない</strong></u>現象を生み出している。特に最近の青少年による犯罪を見ると、事件を起こした子供たちの心の問題として、心の闇というような表現が使われる。確かにこのような事件を起こした子供の心に問題があるのは確かであるが、子供は社会の鏡といわれるように、子供の心を闇に追いやった社会環境を省みる必要がある。
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私たちが、心身ともに健全な社会を志すならば、<u><strong>客観性が絶対であるという価値観の呪縛を解き放ち、健全な主観の在り方を求め</strong></u>、多いに論議をし、お互いにより良い人生の獲得に努めるべきである。<br />
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         <link>http://www.a-mc.jp/2011/03/post_27.php</link>
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         <category>010)いのちの観察と生命エネルギー</category>
         <pubDate>Tue, 08 Mar 2011 17:32:58 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>東洋医療とプラシーボ効果について</title>
         <description><![CDATA[
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これまで、「生命活動とは情報活動であり、本質的には各個の生命が持っている主観(＝価値観)を健全に発揮させることが大切なのだ。」と述べてきた。このような私の考えに、おそらく大多数の人は、「各人がそれぞれの主観でもって主張したらば、千差万別になり、いずれが正しいか決められないではないか。だからこそ、誰でもが納得できる客観性が必要なのだ。現に科学の発展により、医療技術は飛躍的に向上し、その結果、平均寿命は大幅に伸びたではないか。」と反論するに違いない。
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確かに、計量と客観の医学ともいわれる西洋医療によって、多くの病が治癒され、特に、結核あるいは感染症等いわゆる急性病や怪我に対する外科手術等に顕著な成果を挙げてきたことも事実である。しかし、一方で現在大きな課題となっている癌や心臓病等成人病あるいは生活習慣病といわれるものへは充分な対応が出来ていないことも事実である。
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それでは客観性の医療のどこに問題があるのだろうか。まずは医療の対象となる疾病が急性病から慢性病に変わってきたことがある。急性病は、伝染病のような細菌によるものは細菌を見つけ出しそれを退治する方法を探し出せばよいし、怪我によるものは怪我の箇所を手術で繕えれば取り敢えずの対応にはなる。ところが、慢性病の場合は、成人病とか生活習慣病とかいわれるように、生命活動の中にその要因が潜在している。人間は遅かれ早かれ所詮死ぬようになっている。年を取った人たちが死ぬ原因を探し出して病気とし、痛んだ臓器を取り替えてでも長生きをするとしたらば、それによって人類が幸せになるのだろうか。
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遠い未来はいざ知らず、現実の世では、日本は西洋医療を絶対として国民皆保険で医療システムを構築しているが、高齢化に伴い国民医療費が増大し、今後の対応策が見出せないでいるのが現状である。このような環境において、サトルエネルギー学会の帯津会長をはじめとした一部のお医者さんたちを中心に代替医療あるいは統合医療の主張や実践が行われている。米国などの先進国では、慢性病対策には西洋医療よりもいわゆる代替医療のほうが効果がある面もあり、更に病気になってからでは医療費が掛かりすぎて負担が大変だということで、病気にならないように未病対策とか健康増進に国民の関心が高まると共に、国としてもその動きを支援していると聞く。
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代替医療とか、未病対策というと大概東洋医療がその根底にある。かって、日本では東洋医療が主体であったが、客観性がないとして西洋医療に取って代わられてしまった。それが改めて東洋医療が見直されてきたのだ。慢性病対策には、心や意識への対応が必要であり、本質的に主観を排除している西洋医療よりも、心や意識などの主観(＝価値観)を尊重し人間本来の持つ治癒力を重視して回復を目指す東洋医療のほうが効果があるというのだ。
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これを、医療を受ける立場から見てみよう。患者は、西洋医療の客観的な診断にすべてを委ね、自分の悪い箇所を薬や手術で治して貰うこととなる。本質的には受身である。これに対し、東洋医療の場合、あくまでも病気の自然な経過を促すために、人間の自然治癒力を最大限に引き出し、トータル・バランスを取り戻すようにする。患者は単に治療を受けるのではなく、自らの生活習慣の改善に努力しなければならない。そのためには、患者本人が「自らの身体を改善しよう」という強い意志に、目覚める必要がある。
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このように、西洋医療を客観の医療とすれば、東洋医療は主観(＝価値観)の医療といえる。今まで日本では、国として提供する側から客観の医療を推進してきたが、今後について、主観の医療に対しても受ける国民側の選択の可能性を広げる必要があるように思う。
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抗生物質により死滅される細菌が、いつのまにか抗生物質に対抗する力をつけてくる。ここに生命力の原点を見る。私たちの生命はこの地球上で誕生して以来、変化する環境に合わせ、その生を発展させてきた。私たちの生命の中にある力が私たちの身体を作り、私たちの生命活動を支えている。
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我が国で薬といわれるものは、国から薬効があると認定されているが、当然副作用がある。そしてその副作用は、薬に明示されているからそれでよいのだろうか。明示されていない一番大きな副作用は、自らの生命力に信頼が置けず、薬依存症になることではないだろうか。最近多くなっている精神異常とも思える犯罪の背景に、私たちの社会が、自らの生命力を活発にしていくことを忘れ、薬や外にその解決策を求めている現状が反映しているのではなかろうか。
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プラシーボというといわゆる偽薬のことで、薬の薬効を判定するのにプラシーボ効果では薬効が有ることにならないと判定される。従い、プラシーボ効果では問題にならないといわれる。確かに、緊急を要する場合等いわゆる急性期病には薬効が重要であることは明らかである。しかし、日常の生活において、強い薬の副作用や薬への依存症を考えた場合、プラシーボ効果によって同じ効果が出るならば、むしろその方が良いという判断もできるはずである。プラシーボ効果とは何かといえば、その人の意識の持ち方、価値観や感情によって、自然治癒力の発揚が左右され、病気や症状が変わるということである。もともとそのような機能が私たちに備わっているのだから、プラシーボ効果が出るように、積極的に意識や感情を高めれば、少しでも副作用のある薬への依存を排除できることとなるはずである。
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遺伝子の権威者、村上和雄先生は、陽性ストレス(快い、楽しい、嬉しいなどの陽性の感情)はよい遺伝子を活性化するという研究課題に取り組まれている。生活の中に積極的に笑いを取り入れると、免疫反応に関与する因子の遺伝子発現が多くなり、笑いによる刺激が抹消の免疫細胞に及ぶことが遺伝子レベルで明らかにされたとのことである。<br />
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         <link>http://www.a-mc.jp/2011/03/post_26.php</link>
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         <category>020)東洋医療とプラシーボ効果</category>
         <pubDate>Tue, 08 Mar 2011 17:30:49 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>遺伝的体質の改善事例</title>
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筆者は、波動を活用して生活習慣・環境の改善を実践することによって、自らの遺伝的体質を改善してきたので、その事例として紹介させていただきます。
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<li>大学卒業後、鉄鋼メーカーへ入社した。業務の傍ら、心身の研鑽に努めた。まず、整体協会の野口晴哉先生に身体の仕組みを学んだ。野口先生はもともと療術師として治療を得意としていたが、第二次大戦後の日本の医療体制では西洋医療以外の治療法が排斥され、治療法として行うことができなくなった。野口先生は治療の実践経験から、治療の本質は治療を受ける人の自己治癒力を活発にしていくことだとし、人々の自己治癒力増進のための活元運動や愉気法を指導された。整体協会も当時の文部省から健康づくりの団体として認可されていた。私は野口先生のご指導を受けるうちに、２７歳頃自分の治癒力増進のために眼鏡を外す決断をした。当時の私は近視と乱視で視力が０．１以下であったし、両親も兄弟もみんな目が悪いから遺伝面からも目が悪くなる素質を持っているはずである。自分の身体の悪いことを遺伝や環境のせいにしていたら、自らの治癒力さらには生命力が発揮できなくなる。野口先生のお話からは、自らの治癒力を活発にすれば、目でさえも良くなるはずである。その後、米国留学の時にも眼鏡を使わずに過ごし、一時白目が黒くなったり、更にいろいろな身体の変化があったが、すべて自分の身体を良くするための変化だと受け止め、医者や薬の世話にはならずに、自分の対応力を高めてきた結果、普段の生活に眼鏡が無くても困らないようになった。</li>
<li>在社中に中小企業診断士の資格を取得し、独立後はコンサルタントでもやろうかと考えていた。日本においては医療に経営はいらないとされてきたが、医療費問題から医療経営にも効率化が必要だとして医業経営コンサルタントの資格ができた。私は医業経営コンサルタントの資格を取得し、友人が運営する病院の経営相談に応じていたが、知り合いである増田寿男氏のもとを訪問し、波動なるものに出会った。波動測定器や波動転写器など、今まで全く知らなかった。しかし、増田寿男氏の実演と説明からこれらのものが自然治癒力の向上に役立っており、私の健康観に沿うものだと判断した。そもそも薬も飲まない、医者にも行かないのを主義としているのに、医業経営コンサルタントになって他人には薬や医者を勧めるのは何か矛盾していると思っていた。増田寿男氏から事業を手伝わないかといわれ、私はその場で決断し、５６歳でサラリーマンを辞めて波動機器に関わる事になった。</li>
<li>会社を辞めた当時、日常生活には眼鏡は必要なかったが、車の運転は眼鏡使用だった。おそらく視力は0.5程度だったと思う。その後、日常生活に波動器機を活用しているうちに遠方が良く見えるようになった。長い間、運転免許証は眼鏡使用条件がついていたが、６０歳を超えてから眼鏡使用条件を外す事が出来た。</li>
<li>３年程前にぎっくり腰で痛みが発症した。痛みが出ることは身体が異常を感知し、直そうとする働きが出ているということであり、痛みそのものが悪いわけではない。当時、小生の身体を観察していると、右の腰に変化が出てきていた。翻ってみると、私の身体は目が悪くなるような体質であったのに、その体質に逆らって目を活発に使って目を良くして来た。その結果、神経細胞がくたびれていた。それを波動機器を活用することによって、神経細胞を活性化してしまった。そうなると、それまでは異常を感じなかった腰の働きが、改めて異常であることに気が付いたということです。そして、その腰の異常も自らの治癒力を活性化して克服しました。ただ腰の異常といっても、腰だけを治せば良いということではなく、身体のすべての筋肉や臓器等細胞レベルまでの関わり方に変化が出てくるのです。それも一気に変わるのではなく、step by step で変わっていくのです。</li>
<li>自らのこのような体験を通して、&ldquo;いのち&rdquo;の持つ働きを再認識し、その可能性を高めることが必要だと考えております。</li>
</ol>
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         <link>http://www.a-mc.jp/2011/03/post_16.php</link>
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         <category>030)生活習慣・環境の改善</category>
         <pubDate>Tue, 08 Mar 2011 17:20:07 +0900</pubDate>
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